函館本線(山線)の記憶。

 昭和36年に新入社員なってからから、2〜3年たった頃に札幌に出張を命じられた。当時は、上野駅から夜行列車で青森まで、そこから青函連絡船を乗り継いで函館に到着、さらに函館本線の蒸気機関車(C62)で札幌まで、札幌到着は夜になっていました。
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 青森までは、当時も電化されていたので電気機関車(EF58)でしたが、函館からはSL(C62)に引かれての各駅停車だったように記憶しています。最近になって当時の国鉄の様子を調べると、当時のキャリアが思い出されて、今となっては懐かしくもあり楽しい思い出です。

※かつては長万部(おしゃまんべ)駅 - 小樽駅 - 札幌駅間の函館本線(山線)にも多くの優等列車が往来し、昭和40年代まではC62形蒸気機関車の重連による牽引の急行列車など蒸気機関車が集結。ただ小樽駅までが単線な上、急勾配・急曲線が連続する速度向上に不利な線形を抱えていた。
対して、室蘭本線(海線)経由は若干遠回りであるがもともと線形も良く所要時分も短縮できるうえに、比較的沿線人口も増加した事もあり。特急列車の登場以来、徐々に函館駅 - 札幌駅間のメインルートとしての役割は室蘭本線(海線)へ移り、かくして1986年11月に特急列車が函館本線(山線)から全廃されました。
by citystone | 2011-02-12 11:47 | memory