カテゴリ:名勝・史跡( 7 )

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 1985年にハリウッドの中心に位置するギターセンター・ストアに設立。殿堂入りミュージシャンのサイン入りプレートと手形を刻印し、貴重なギターなども展示。映画スターの功績を称えるウォーク・オブ・フェーム同様、同じLAにあるチャイニーズシアターのロック版としても数多くの観光客が足を運ぶ名所となっている。1986年の創設以来、歌手と演奏者に贈られる"パフォーマー"部門,演奏者以外に贈られる"ノン・パフォーマー"部門、"アーリー・インフルエンス"など4部門があったが、2000年に"サイドマン"部門が追加されています。
 2007年11月19日に、結成20周年を迎えたロックユニットB'zが、日本人アーティストとして初の殿堂入りを果たしています。エルヴィス・プレスリー、ビートルズ、ジミ・ヘンドリックス、KISS、エアロスミス、ヴァン・ヘイレン、エリック・クラプトンら数々のビッグなミュージシャンに並んでの殿堂入りで、日本・アジア圏のミュージシャンでは初の快挙となりました。
 最近は野菜のマリネ造りにはまっています。保存用のボトルは大きな物を使うと、食べ残してしまいそうなので、一日で食べきれるサイズに分けて造っています。
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 今年の三渓園・観梅会は、2月11日から3月6日まで。土、日にはいくつかのイベントも催されます。初音茶屋では、囲炉裏に茶釜をかけ麦茶を立てています。その囲炉裏を囲んで飲む、暖かい麦茶を無料提供しています。
 地面に切った囲炉裏で赤く燃える薪火と、煮立った湯から立ち上る湯気を見て、何故かじっと立ち止まる自分がいました。
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 中国から寄贈された「緑顎梅」は、まだ蕾のままですが今月末には満開でしょう。
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 国の名勝指定を得ている「横浜三渓園」の、内苑に移築されている「聴秋閣」(重文)などは、昨年の大震災と台風の直撃の影響を受け、様々な損害や破損により修復が試みられていましたが、ようやく年開けに被覆が外されて、屋根の檜皮葺きなどが見事に修復されました。昨年の災害からの建造物の修復は進みましたが、今冬の厳しさは、日本各地と同様ですね。開花の極端に遅れている「梅」や、珍しく氷の張ってしまった池などが、春の遠いのを物語っていました。
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 すでに、名ばかりがのこっている「屏風ヶ浦」という地名(京急線駅名)とは違って、三渓園の南口にある本牧公園に沿って、わずかに残っている断崖絶壁を見上げると、なるほど「屏風ヶ浦」という名称はこういった風景だったのだろう、と想像してしまいます。
 崖の表面は、幾層もの積み重なった土砂によって、地表の歴史が現れていて地質学を研究される方には、現存する貴重な遺産ではないでしょうか。私が判るのは、上から5〜6m下に現れている赤茶けた層です。多分これが関東ローム層だろうと勝手に判断しています。
※「関東ローム層は、富士山、箱根山、浅間山などの,おもに関東平野西方に位置する火山の噴火によって地表にもたらされた火山灰が、大気中を運ばれて降り積もった地層」です。火山灰が日光や雨風のはたらきで粘土質のものに変化していて、中にふくまれていた鉄が酸化されたため赤い色をしています。ロームとは、砂が3分の1混じった粘土質の土のことです。関東ローム層の最下部をしめる地層は,およそ40~50万年前の堆積物です。そして、関東ローム層の最上部(つまり現在の地表面)には、いまでも少しずつ堆積物が堆積し続けています。風の強い日に荒れ地や河川敷・畑などから砂ぼこりが大量に舞い上がり,それがわずかずつ地面をかさ上げしていると思われます。
 たった23年前までは昭和だったって事が、皆さんはお忘れになられていらっしゃる様子ですね。事故を起こしている原子力発電機1号炉(1971年)が嫁動したのも昭和40年代ですね。そして66年前には、日本が敗戦を迎えていたのです。そんな波乱・躍動の昭和の事を、少しだけ振り返ると見えてくるモノがありますよ。
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 身直に存在する歴史として、三ツ沢公園の片隅に聳えている昭和20年と大きく表示されている戦災記念塔は、東京のように毎年慰霊祭が行われている様子もなくサッカーが行われる日は駐車場として広場が使われています。また、神奈川県知事(昭和72年)として5期20年間も在任した内山岩太郎は、高島台町の私学会館の前庭に巨大な銅像として東を向いて立っています。彼は戦後いち早く文化活動の復興に尽力し、中でも昭和76年には神奈川県立近代美術館(坂倉準三設計)※鎌倉市、そして79年には神奈川県立図書館・音楽堂(前川國男設計)※西区 などの歴史に残る著名な建築物の開館を実現させました。そして最初の県の水瓶となった相模湖の名ずけ親でもあります。
 快晴の休日となった4日のお散歩コースとして、ぐるっと歩きました。黄砂なのか花粉なのか目がしょぼついた午後でした。
 最近の調査に依れば、東京都庁舎は高層ビルならではの振幅のある揺れに襲われると、倒壊はしないものの、内部構造や設備に致命的な破壊が出て、機能を失うという診断がなされたようです。しかし、20年前(1991年)の構造計算時になぜその欠陥が指摘されなかったのか理解できませんね。
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 ところで、東京と同じ時期に建造されたロンドン市庁舎はその不安はないのでしょうか?と思っていたら、イギリスは地震が無い国らしいです。またニューヨークでもこの古い(1913年)市庁舎が存在している事は、やはり地震のない地域(東海岸)だからでしょう。たまたま、海外での地震災害に襲われた不運な日本人の方々の死を無駄にしないように、さらなる防災の意識を行政はもとより、個人としても日常から心して行こうと思います。
※しかし、東京に出かける時は運を天に任せるしかありませんね。
 明治23年に創建されたこの奏楽堂は日本最古の木造の洋式音楽ホールで移築後、昭和63年1月に国の重要文化財に指定されました。
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 東京芸術大学音楽学部の前身である東京音楽学校の施設だった奏楽堂は、昭和62年に台東区の手で現在地に移築保存され、一般に公開されるようになりました。
 二階にある音楽ホールは、かつて滝廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人による初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある舞台です。正面のパイプオルガンは、大正9年に徳川頼貞侯がイギリスから購入し、昭和3年に東京音楽学校に寄贈したものです。
 アボット・スミス社製でパイプ総数1,379本。いまでは世界でも珍しい空気式アクション機構の、わが国最古の貴重なコンサート用オルガンでやわらかな音色が魅力です。
 館内は、芸大を卒業された方々の往時を偲ばせる写真や遺品が展示され、時代にチョッとタイムスリップもできます。