カテゴリ:言葉ことば( 43 )

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 家畜の飼料として欠かせない稲藁、それは貴重な日本の稲から派生する農産物です。稲を収穫後に乾燥して、脱穀しますが、米の部分は籾殻として日本人の主食として収穫され保管されます。しかし、脱穀後の稲藁は、田んぼで乾燥された後に飼料などのために纏めて保管がされます。農村地域での稲藁の保管状況は、各自治体のJAあるいは民間団体によってかなり異なるケースがあるとは思いますが、あの時期(3.11)には、まだ田んぼに吊るしてあったか、積んであったのではないでしょうか。
 だとすれば、掲載の原発爆発直後の「欧米の予測した放射線図(3枚)」の示すような日本全国への放射線被爆予測が正しいのではないでしょうか。当初に見られた水道水・浄水場での放射線量の値は、なぜか発表されなくなりました。しかし、汚水処理施設・ゴミ焼却施設では、依然として高い放射線の汚泥の処理に解決の目処がたっていませんね。牛以外の畜産物、農産物・海産物等々の収穫後の測定値の公表は、現在は全く不透明そのものです。
 原発も収束とは名ばかりで、上空に飛散される放射線は、当時とは比較にならない低濃度かもしれませんが、確実に飛散されている現実を知らなければ、後世に悔恨を残す結果が待っているでしょう。
 大災害・原発事故から4ヶ月以上も経過しています。全般的にぬるめの対応になりつつあるように感じます。非現実的なエネルギー法案とか、東京オリンピック立候補などは、首相や自治体の首長の掲げるような課題なのでしょうか。
 本当の復旧・復興、原発収束が完全に安全になるまでは、封印するべきではないのでしょうか。
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 台風6号は、19日午後から四国の沖合に達してからは、極端に速度を遅くして四国沿岸を東に向かい、紀伊半島南端に近づいています。この間の移動に12時間も掛かり、大量の雨量により、甚大な災害もたらしています。まさに何処かの首相と同じ権力の座にしがみつき、度重なる自分勝手な発言により日本中にとまどいと、不安をつのらせて居る事と全く同じ現象を見せています。
 現在は、幸いにも紀伊半島の山中に鎮座される、熊野大社のご威光に恐れをなして太平洋上に向きを変えています。このまま遠ざかる様に祈るばかりです。
 この際は熊野大社宮司に国会にお出掛けいただき、お祓いを議場にもしていただいて首相にも退陣してもらうのはは如何でしょうか?日本の復興・復帰・原発収束には、古代から伝承される神のご威光に頼るしかないようにに思います。
 アメリカの最後のアポロ計画として、日本人宇宙飛行士は乗り込んではいませんが、スペースシャトル「アトランティス」が昨日打ち上げに成功しました。
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 人類は、自ら地表上の居住空間を化石燃料などの乱用で、甚大な温暖化をもたらし、さらに際限のない人口の膨大により食料不足の危機にもさらされている。そして、地球上からは視認はできないものの、成層圏を超えて宇宙空間に実験という名目で乱射されたロケットによって打ち上げられ、機能を失った宇宙船の残骸や、ブースターなどの様々な部品等々がスペースダストとして、国際宇宙船を衝突の危機にさらしている。(イメージCG※)
 このように様々な人類の失態がもたらすものは、人類という生物の末期的な症状と言えるかもしれません。もはやゴーギャンのつぶやき「我々は何処から来て何処へ行こうとしているのか?」を解決する方法論さえ見えて来ない……。

※欧州宇宙機関(European Space Agency、ESA) が発表した、地球の周囲を回る宇宙ゴミのコンピューター・グラフィックス(CG)画像。(c)AFP/ESA
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 日本の首相(菅直人)は、明日の「沖縄慰霊の日」に昨年に続いて、沖縄を訪問する。昨年は何を語ったのだろうか?誰も何を語ったか覚えていないという、今年もさらに不毛の言葉を繰り返すのだろうか。
 政権与党は、想定外の難題を、現在進行形で3つ抱えているままである。大震災、原発事故、そして沖縄基地問題。この難題を首相の得意とする行脚だけでは、何も解決にはならない。政権与党の現在最も優先する課題は、大震災復興ではないだろうか、と私は思う。震災後の100日を経過した段階でも、避難所生活を余儀なくされている方々は6万人以上も居られる、この現状を復興大臣を任命するだけで、不毛の演説をするために沖縄に行くのだろうか。
 さらに、巷間の話題では政権への執着を見せているのだとか。1年半前に虚偽にまみれたマニフェストに惑わされて、民主を選んだ国民も悲しむべきだが、その後の参院選・首長選では、壊滅的に敗北した政権に運営を許している野党も、突出した人材が居ないのだろうか、弱点を責めるだけでは何も生まれはしない。

※ブーゲンビリアの花言葉は、魅力いっぱいの情熱
「さとうきび畑」の歌は森山直子、作詞.作曲は寺島尚彦で70年代のフォークソング
 自然を観察しようと考えてみても、現代のように都市化が進んでいて。直ぐに自然を見るには、山に行く、海を見に出かけて行くというという事になります。しかし、山に行けば、観光客に溢れ、人を見に行く事になりかねません。海などはもっと人々で溢れていますね。
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 人々は、常に美しい山や海の自然の様を見る事で、癒しや元気をもらっています。しかし自然は、今回の震災のように無類で巨大な猛威を振るいます。そして、収まると何事も無かったように美しい様を見せつけます。破壊されるのは、多数の人々や動植物、人為的な造作物だけです。もちろん自然自体も崩壊しますが、それが正に其処に合った如くに素早く回復してしまいます。それが人為的な造形物ではないからでしょうか。山であれば少しは低くなったり山容が変わります、海であれば海岸線が変わる事はありますが、町が全てなくなるような惨事は自然界にはありませんね。
 政府は取って付けたように自然エネルギー回帰を、突然言い出しました。しかし、自然エネルギー政策を実施するにせよ、何らかの設備と施設が必要です。唐突に自然のエネルギーを活用するからと言っても、自然界はそれを理由には優しくしてはくれないでしょう。日本という地球上の間借りをしている位置が、移動しないことには。我々日本は、立ち止まって信号が変わるのを待っている訳には行かないでしょう。
《NPO法人 環境エネルギー政策研究所のページから》
 今、私たちは地球規模でさまざまな危機に直面しています。そうした中で、「2つの革命」が起きつつあります。小規模分散型の自然エネルギーによる「エネルギー革命」と「第3の産業革命」です。欧州が先導してきた「智恵のある政策」によって、21世紀に入ってから急成長し、今や、唯一の持続可能なエネルギー資源である自然エネルギーをベースとする社会への転換が、現実に構想されるようになっただけでなく、その産業経済的な成長と恩恵は、産業革命としての可能性も、議論されるようになりました。
 環境エネルギー政策研究所(ISEP)は、持続可能なエネルギー政策の実現を目的とする、政府や産業界から独立した第三者機関です。地球温暖化対策やエネルギー問題に取り組む環境活動家や専門家によって設立されました。
自然エネルギーや省エネルギーの推進のための国政への政策提言、地方自治体へのアドバイス、そして国際会議やシンポジウムの主催など、幅広い分野で活動を行っています。また、欧米、アジアの各国とのネットワーキングを活用した、海外情報の紹介、人的交流など、日本の窓口としての役割も果たしています。
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 また現在、長野県飯田市では、市町村レベルの環境対策・環境保全事業で先進的な取り組みを行っています。
市民ファンドを活用した市民風車、太陽光発電事業なども発案し、関係事業体であるエナジーグリーン株式会社によって実現しています。現地を視察するツアーなどもありますから、関心のある方は、環境エネルギー政策研究所事務局までお問い合わせください。

NPO法人 環境エネルギー政策研究所 所長 飯田哲也 http://www.isep.or.jp/
おひさまエネルギーファンド株式会社(長野県飯田市)http://www.ohisama-fund.jp/index.html
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 YouTubeのタイトルには「原発批判」のようなメッセージをしたと書いてありますが、そんなタイトルは、マスメディアが勝手に付けただけで、村上さんは日本人が現状のような人種ではないという、本来の倫理観であるとか精神性に触れながら、今回の事故に対する謝罪を、受賞という場を借りて国際社会に発信してくれたのです。
 また、エフィシェンシー(efficiency)という産業の政策により、「ヒロシマ」の誓いの言葉「二度と過ちを犯しません」を消されてしまった時代が確かにあったという反省の言葉も、メッセージの中に込めてありました。

※カタルーニァ国際賞(人文科学分野で国際的に活躍した人に送られる。)
 今回被災した漁業者について、民主党政権は「高台の復興住宅から海岸の漁港に通ってもらう」との構想を持っています。これは日本の伝統と文化を無視した考えです。自動車工場に通うためのアメリカの郊外住宅のようなもので、賛成できません。かつて日本の農漁村などでは職住が同一で、地域の絆がありました。
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 今回の震災による住宅の復興で、こうした過ちを繰り返してはいけません。住民同士の絆を第一に考え、住民の間に垣根を築かない方策を探さなければなりません。
 戦後の日本人は自然の厳しさを忘れていた。だからこそ、災害にもろい住宅を私有することに価値を見いだしていたのではないでしょうか。建築はつくる人、住む人自身を映す鏡でもあります。関東大震災後に建てられた東京の同潤会アパートは住民のための仕事場も設けられ、コミュニティーが維持されました。どのような住宅を再建するか。日本人が試されています。(談)

※隈 研吾(Kengo Kuma)1997年に「登米町伝統芸能館」の設計で日本建築学会作品賞を受賞。2001年に「那珂川町馬頭広重美術館」の設計で村野藤吾賞を受賞。2009年フランス芸術文化勲章オフィシエ受賞。2010年、根津美術館の設計で毎日芸術賞を受賞。2011年、梼原・木橋ミュージアムの設計で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
 ヒトは、ある地域に立ち入り禁止.避難区域を設定した、生物に致命的な損傷を与える放射線がある施設から放出されたからである。ヒトは危険を回避する予知能力を失っている。神を信じてしまったからかもしれない、あるいはヒトになった時点から予知能力持っていなかったかもしれない。
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 ところで、生物(ヒト以外のあらゆる動植物)は、生態系、食物連鎖を知っている。だから、生き方がシンプルなのかもしれない、生物がお互いに支え合い生きているから、また再生できるから種の終わりが来ない。ヒトは再生する事がないから、死から逃れる術を開発し、また次々に新たな生きる術(医学.薬学)を研究開発し続けている。
 しかし今、ヒトはヒトのことしか考えていないようになって、ヒト以外の生物の生存を見放しているように思う。空気中に拡散をし続けている危険な放射線、海中に放水した高濃度な汚染水、これらは、空中を舞う昆虫や鳥類、草や実を食べる動物、海中の魚介類の生態系に、もしかしたら重大な影響を及ぼす事になるのではないでしょうか。それが、ひいてはヒトの生活などに取り返しのつかない重大な過失になるかも知らないで。
 青空が半分くらい広がった日曜日は、公園には家族連れが普段よりも多く来ていた様な気がします。最近の状況から、遠出を控えて近くの公園に遊びに来たのかもしれませんね。
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 公園の空は木々の葉が生い茂って緑色の空になっています。緑地にはチューリップが見頃を迎えて、派手な色をまきちらしています。その派手な色と木々の緑がちょうど良く解け合って、子供達の声も楽しげに聞こえてきます。こんな時に平和というものを実感ができますね。