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 今回被災した漁業者について、民主党政権は「高台の復興住宅から海岸の漁港に通ってもらう」との構想を持っています。これは日本の伝統と文化を無視した考えです。自動車工場に通うためのアメリカの郊外住宅のようなもので、賛成できません。かつて日本の農漁村などでは職住が同一で、地域の絆がありました。
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 今回の震災による住宅の復興で、こうした過ちを繰り返してはいけません。住民同士の絆を第一に考え、住民の間に垣根を築かない方策を探さなければなりません。
 戦後の日本人は自然の厳しさを忘れていた。だからこそ、災害にもろい住宅を私有することに価値を見いだしていたのではないでしょうか。建築はつくる人、住む人自身を映す鏡でもあります。関東大震災後に建てられた東京の同潤会アパートは住民のための仕事場も設けられ、コミュニティーが維持されました。どのような住宅を再建するか。日本人が試されています。(談)

※隈 研吾(Kengo Kuma)1997年に「登米町伝統芸能館」の設計で日本建築学会作品賞を受賞。2001年に「那珂川町馬頭広重美術館」の設計で村野藤吾賞を受賞。2009年フランス芸術文化勲章オフィシエ受賞。2010年、根津美術館の設計で毎日芸術賞を受賞。2011年、梼原・木橋ミュージアムの設計で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
 すぐ隣の反町公園に雨上がりに出掛けたら、ちょうど良く珍しい樹木を見つけました。いつもは通り過ぎていたのですが、葉の一部が鮮やかな赤になっていたので気がついたみたいです。
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 赤い葉は古くなった葉が赤くなると、説明にはありますが、普通はこんな季節に紅葉する樹木はあまりないし、この花のように派手な葉はあまりないと思います。ホルトノキはどうやら南方系の樹木のようで、葉の茂り方や大きさが、確かに日本古来の樹木にはないドギツイ植生ですね。社会不安が払拭できないこんな時代にはいつのまにか自然のものに目が向いてしまいます。再生の出来る自然はうらやましい。
by citystone | 2011-05-24 16:30 | 自然界
 巷間では、節電対策がさまざまな意向でとりざたがされていますね、私もとりあえずこんな形で臨んでみようかと試してみました。ベランダ側の窓枠に麻布風なロールカーテンを取り付けて、さらにレースのカーテンを引いて措けば、部屋が暗くならずに直射日光をさけられるのではと思い、取り付けてみました。
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 昨年までは、ベランダに差し込む陽光が夏場はかなり厳しく、常に黒い遮光カーテンを引いて措かないと暑さを遮る事が困難で、さらにエアコンも必須条件でした。この対策で、窓を少し開けて風を通してやれば、日中の炎暑もしのげるかもしれません。
 さらに今年は蚊取り線香を取り入れるので、入り口のドアも開けて風通しを図ります。そんな訳で、ただいま香取線香を入れるブタではなくてカッパを製作中です。
by citystone | 2011-05-24 14:35 | 健康
 ヒトは、ある地域に立ち入り禁止.避難区域を設定した、生物に致命的な損傷を与える放射線がある施設から放出されたからである。ヒトは危険を回避する予知能力を失っている。神を信じてしまったからかもしれない、あるいはヒトになった時点から予知能力持っていなかったかもしれない。
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 ところで、生物(ヒト以外のあらゆる動植物)は、生態系、食物連鎖を知っている。だから、生き方がシンプルなのかもしれない、生物がお互いに支え合い生きているから、また再生できるから種の終わりが来ない。ヒトは再生する事がないから、死から逃れる術を開発し、また次々に新たな生きる術(医学.薬学)を研究開発し続けている。
 しかし今、ヒトはヒトのことしか考えていないようになって、ヒト以外の生物の生存を見放しているように思う。空気中に拡散をし続けている危険な放射線、海中に放水した高濃度な汚染水、これらは、空中を舞う昆虫や鳥類、草や実を食べる動物、海中の魚介類の生態系に、もしかしたら重大な影響を及ぼす事になるのではないでしょうか。それが、ひいてはヒトの生活などに取り返しのつかない重大な過失になるかも知らないで。
 今週は、五月晴れの陽気が続いています。気温も夏日にはない爽やかさで、諸々の憂鬱な国内の事情を忘れて快適という気分になれますね。だから、天気予報は見ない方が良いと感じます。
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 さて、以前にも掲載しましたが、NHKの夜の番組がとてもお気に入りです。22時から「ワールドwaveトゥナイト」は、todays wordが単語を思い出させてくれます。23時からの「地球テレビ・エルムンド」は、何と言ってもアシスタントの彼女達が魅力的です。この2つのワールドNEWS的な番組は、1時間の番組ですが、内容がとても充実していて、あれ、もうおしまいという感じで、毎回(週日)が楽しみな時間帯です。どちらのMCもキャラがユニークで、コメントも明確で的確です。
※掲載の作品は、創る物に迷った時の馬上杯です。黒泥を還元焼成して辰砂釉を施しています。
by citystone | 2011-05-18 19:48 | 陶芸
 あの時には、断崖から土砂が大量に崩落!辺り一面に水しぶき、と猛烈な土埃をまきちらした三渓園の絶壁が、あれから二ヶ月を経過して、何事も無かったかのように静かな自然を取り戻しています。一方被災地は相変わらず難題が山積しているようです。また、原発の安全確保もかなり綱渡り的な危うい対応が報道されています。
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 日本中の人々がが当分の間、被災地の方々と同じような精神状態で、安心と安全に向けて希望と気力を絶える事なく継続する事になるでしょう。
 改めて自然の回復と治癒力は、驚異的だと感じてしまいます。それに引き換え人工的な繁栄とか文化とかは、何と儚いものでしょうか。原発は自力ではとても保全・回復が進まずに、あまつさえ海中に汚染された水を投棄し続ける暴挙を繰り返しています。日本が公開しない情報が風評被害となっていますが、このような暴挙が報道されては、風評どころか実害の恐れも海産物から現れてしまう可能性も否定は出来ません。
 日本人にとっての想定外な原子力対策の遅れは、先の見えない不安をさらに増幅しています。しかし能力のない人々に政治的な解決も望めないでしょう。いつもの先送りという解決のない法案のような収束しか望めないのでしょうか。
by citystone | 2011-05-14 13:11 | 自然界
「ピュア・トーン」指揮者ロジャー・ノリントンさんへのインタビュー記事から。
 最初に私は演奏者にストレートにアイデアを伝え、それに対してはやはり驚きの反応が返ってきたものです。それでも、ビブラートは1930年代までは使われていなかったことなどを説明をし、考え方を理解してもらうと、彼らはきちんと取り組んでくれました。
 ただ、ビブラートというのは、チェーン・スモーキングのようなもので、奏者の立場では、止められないと言うか、自然に手が震えてしまう(笑)という問題はありますけど、でも、ビブラートのない「ピュア・トーン」がいかに美しいかということを彼らが身をもって知ると、もうあとは彼ら自身が積極的にやってくれるんですよ。
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 指揮者として大切なのは、フレージングです。ビブラートをかけなければ、何かそれに代わるものが必要ですね。ただ単に音をまっすぐ伸ばしているだけでは、面白い音楽にはならない。ビブラートなしというのは裸みたいなものですから、服を着ないことにはね。
 フレージングとは音楽の流れを適切な位置で区切ることにより曲に呼吸を与えること。私はそう理解しています。もちろん、ビブラートの有無にかかわらず、音楽にフレージングは必要なのですが、ビブラートをかけてしまうと、フレージングが疎かになりがちなようです。
 音楽は、草木とか、バラの花とか、人間のようなものです。モーツァルトがバラの花というのは、分かると思いますけれど、これはマーラーだって同じなのです。(談)

※弦楽器のノンビブラート演奏を聴くと、普段はあまり聞こえてこないビオラの音が聞こえてきます。
※画像は「Beethoven symphony No3-1M」於:サントリーホール
by citystone | 2011-05-09 19:38 | music
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 ず〜っと若い頃に、小樽のお土産としてガラスのコップ(六角型)を頂きました。ブルーのガラスでとても気に入っていましたが、ガラスも使い続けると何となくキラキラしたつやが消えて行ってしまいます。そんな訳で使わなくなっていましたが、その型を使って陶器でも同じ物が出来ると分かり、試作してみました。表面を軽く切削してアクセントを付けてみました。軽くて手軽に使えるのがうれしいです。
※これからの季節には蕎麦猪口などにも使えます。そして、野球TV観戦の際のぐい飲みにも最適です。それにしても日本の野球場はやかましいですね。野球を観に行ってるのに観客が騒ぐ事に酔っているように感じてしまいます。MLBの放送はNHK-BS1にて開幕戦から行われています。
by citystone | 2011-05-07 14:59 | 陶芸
 たった23年前までは昭和だったって事が、皆さんはお忘れになられていらっしゃる様子ですね。事故を起こしている原子力発電機1号炉(1971年)が嫁動したのも昭和40年代ですね。そして66年前には、日本が敗戦を迎えていたのです。そんな波乱・躍動の昭和の事を、少しだけ振り返ると見えてくるモノがありますよ。
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 身直に存在する歴史として、三ツ沢公園の片隅に聳えている昭和20年と大きく表示されている戦災記念塔は、東京のように毎年慰霊祭が行われている様子もなくサッカーが行われる日は駐車場として広場が使われています。また、神奈川県知事(昭和72年)として5期20年間も在任した内山岩太郎は、高島台町の私学会館の前庭に巨大な銅像として東を向いて立っています。彼は戦後いち早く文化活動の復興に尽力し、中でも昭和76年には神奈川県立近代美術館(坂倉準三設計)※鎌倉市、そして79年には神奈川県立図書館・音楽堂(前川國男設計)※西区 などの歴史に残る著名な建築物の開館を実現させました。そして最初の県の水瓶となった相模湖の名ずけ親でもあります。
 快晴の休日となった4日のお散歩コースとして、ぐるっと歩きました。黄砂なのか花粉なのか目がしょぼついた午後でした。
 陶芸の作品では、何かを創ろうとした時に(特別に何か創ろうと考えた場合は別)自然体で臨めるのは、やはり「湯のみ」を創ります。それは私の場合ですが、手法が手ひねりだからでしょうか。大きさとか形とかは、何となく考えたりもするのですが、なぜかほとんど同じような大きさと重さで整形がされるようです。
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 次の段階ですが、釉薬を決める時に迷ったら「黄瀬戸」なのです。素焼きが出来たところで、釉薬に何を掛けるか、模様を描くのか手法は様々にあります。でもそんな時に迷う事無く使えるのは「黄瀬戸」釉です。手ひねり手法の勝手な整形にどうやっても面白い表現をオートマチックに加えてくれます。形を決めるのは自分ですが、それに自在な表情を付けてくれるのが「黄瀬戸」釉なのです。
※手前は昨日焼成されたコップ、右奥は湯のみ、左奥も湯のみ(一部焼締め)
by citystone | 2011-05-03 12:24 | 陶芸